日本神話(古事記)

[25]10代崇神(すじん)天皇

10代崇神天皇

崇神スジン天皇の時代になり、疫病が大流行したんだ。
町には死体があふれ、国が滅びそうになっていて、崇神スジン天皇はとっても困っていたよ。

神のお告げを請うために、清めた神をまつる床「神床」で神託を仰いでいたんだ。
すると、大物主が夢に現れたよ。

大物主が言うには、この疫病は自分のせいだと言うんだ。
意富多多泥古オホタタネコに私を祀らせたらこの祟は鎮まり、国も平和になるだろうと言って消えたよ。

大物主といえば、国造りの時に大国主と一緒に国造りを進めていた少名彦がいなくなったあと
「私の為に宮殿をつくり祀ってくれるのなら一緒に国造りをしてもいいよ。」
と言って国作りを手伝ってくれた神様だよ。

その時、大和の三輪山の上に祀ったんだけど、そのあと手入れがされてなくてボロボロになってしまったらしく、そのせいで疫病を流行らせちゃったみたいなんだ。

崇神天皇は早速意富多多泥古オホタタネコを探させたよ。
すると河内の美努村(みのむら)で見つかったので、宮廷に呼び出したんだ。

そこでお前は誰かと尋ねると
「大物主大神が陶津耳命スヱツミミノミコトの娘の活玉依毘賣イクタマヨリビメを娶って生まれた御子が櫛御方命クシミカタノミコトであり、その子が飯肩巢見命イヒカタスミノミコト、その子が建甕槌命タケミカヅチノミコト、その子が私め意富多多泥古オホタタネコでございます。」
と言われた通り、大物主の子孫だったよ。

こうして、物主神のお告げにより、意富多多泥古オホタタネコは大神(おおみわ)神社の神主となり、三輪山に大物主神を奉ったんだ。
すると、疫病は収まり国に平和がおとずれたよ!

ちなみに、ここに出てくる「建甕槌命タケミカヅチノミコト」は、国譲りと
神武東征ででてきたタケミカヅチとは別の神さまだよ。

大物主大神と活玉依毘賣イクタマヨリビメの恋物語

ちなみに、この意富多多泥古オホタタネコが神の子(大物主の子孫)だという証拠に、
ひぃひぃひぃひぃひぃおばあちゃんと大物主の恋物語があるよ。

ある時から、超絶イケメンが活玉依毘賣イクタマヨリビメの部屋に毎夜通ってくるようになったんだ。
お互い好きになって毎晩会っているうちに、活玉依毘賣イクタマヨリビメは妊娠したよ。
不思議に思った両親が誰の子かと尋ねるけど、活玉依毘賣イクタマヨリビメにも誰だかわからない。

相手が誰かつきとめるために、糸巻きの糸の端を針に通し男の着物の裾に刺しておいたんだ。
朝になってみると針をつけた糸は、鍵穴を通って外にのびて、三輪山の神社へと続いていたよ。

これで、お腹の中の子供は神様(大物主)の子だとわかったんだ!
この時に糸巻きが三巻き残っていたことから、この地を美和(三輪)と名付けたとらしいよ。

大物主が祀られる大神神社の初代神主が意富多多泥古オホタタネコだよ。